第27回 勝者の孤独
もうすぐパーソナル・トレーナーとして働いて30年が過ぎようとしている。2000年代に入ってからは、日本人アスリートのサポートをする機会が顕著に増えたわけなんだけど、常に誰かしらと勝負をし続けているアスリートを近くで見ると、負けちゃいられないなと思う。彼らが誰と戦っているかはわからない。ライバルなのか、自分自身なのかもしれない。けれども、僕もアメリカへ渡った頃から、今現在も毎日が勝負。トップへ登り詰めるためには、人生は毎日がゲームで、勝負の世界なんだ。
ここまで何度も言って来たからわかってもらえると思うけれど、僕は家庭をも犠牲にして今の地位を築き上げた。大都市東京の渋谷と六本木の一等地に、自分のジムが持てることの大きな意味を僕はとても理解している。成功を掴むために、自分の信念を曲げず、誰をも倒す相手だと思い、自らに甘んじることなく突き進んだ。肩肘張って生きることは少なからず成功のためには必要なことだと思う。でも、気が付いたら孤独になっていた。幸いにも娘とは今でもよく会ってはいるけれど、僕は家庭を手放してしまった男だ。家庭を顧みず、上へ上へと目指していたら、いつの間にか周りに誰もいなくなっていた。一流が集まるジムを作るために、毎日作戦を練って、トータル・ワークアウトのスタッフには厳しい態度で接して、もちろんそれは彼らの給料のアップにも繋がるわけなんだけど、そうしている内に近づき難い存在に僕はなっていたみたいだ。だから正直に言って、孤独は淋しいもんだよ。
でも、自分が築き上げて来たものは、僕が自分でツッパって来た証でもあり、それを孤独と見返りに築き上げて来たならば、それをご破算には出来ない。弱い人は倒し、自分に必要だと思う尊敬出来る人間には着いて行くスタンスを選んだ以上、僕は自分のスタイルに責任を持たなければならない。最後までツッパるなら、ツッパり通す。そうすると、やっぱり孤独になっちゃうよ(笑)
僕が尊敬する人の数少ない一人、清原和博氏も孤独なんじゃないかと思う。彼は野球界でツッパって来たけど、現役を引退した今も自分に責任を取ってツッパってる。それは大変なことだと思う。特に彼の場合、一試合5打席あれば、最初の4打席は空振り三振でも、最終打席の一番盛り上がる大一番で、ホームランを打ってその日のヒーローになってしまうような、監督泣かせの選手だからね(笑)あそこまで一流になってしまうと、周囲の人間は彼を崇めすぎて、自ずと一人ぼっちになってしまうのかもしれない。
一流の選手やトレーナー、はたまた経営者になりたいと願うなら、それ相応の努力は必要だ。自分の信念を曲げずに、自分の方法に誰にも文句を言わせないために、我慢して、努力して、汗水垂らして、ようやく手に入れることが出来るものだ。だから、自分が作ったものを維持するためには、やはりそれからも戦い続けるしかないから、孤独になって行くんだと思う。孤独が嫌なら、この生活はないと思う。人生は常にゲーム。勝ち続けるには、多少の犠牲も必要だってことだね。
















